彩參さいざんの国 第一作目

序章&第一話「山と南と影達えいたつと」

「自然に恵まれ、影にも恵まれるなんてね。」

―――時は壬辰年文月乙土じんしんねんふづきおつどぞくでは2012年7月14日と表される。


■序章 -Occult-


 ここは、二次顕界にじげんかいという並行へいこう世界の日本にある、首都「癸都みずのと」と隣接する「彩条さいじょう県」の西部に属する村。
小さくも大きくもない、それなりの広さの土地を持ち、古来より鉄鋼業が盛んな「火焔かえん村」である。
この村では古来から、火焔製鉄という独自の手法による製鉄を行っている。
それも普通の鉄ではなく、火焔鉄と呼ばれる、通常の鉄が 熔解 ようかい する温度でも耐えられる、強度の強い特殊な金属を錬成しているという

そして、その金属は名の知られた代物しろもの で、現代でも機械製品や建設等にも幅広く使われている。
なお、火焔村の建築を多く占める独特なデザインをした建物の鉄骨にも火焔鉄が使われているのは当然である。

…しかし、村と言うだけあって人口はそこまで多くはない。
だが、原因はおおよそ環境だろう。



火焔鉄は錬成する際に、製鉄工場の煙突から特殊な黒煙が出て、黒雲くろくもごとく太陽を隠してしまうのだ。
その一帯は昼間でも多少暗く、光源自動感知システムの付いた街灯が誤認し、点いている所も見られる。



そのため 、この村のキャッチコピーは「心に太陽を持て!」という、無駄にポジティブな言葉になっている。



勿論もちろん 、そんな悲惨な場所ばかりではなく、西の方へ行くと打って変わって村らしい田園でんえん地帯も見られる。
流石さすが にこの辺りまで来たら、空はあおく綺麗である。だが振り返るとやっぱり、工場地帯の上空の空はくすんでいる。
そして、その田園のバックには「影陰火焔山えいいんかえんざん」という、それなりの高さを誇る火焔村の山が存在する。
火焔村の人々はその山を「影の山」と呼び、昔々からヘイダペラジックよりも深い、密接なる関わりを持っている。
しかし、そのような事は、ぞく には殆ど知られていない。
…俗ではオカルティックな話でしか触れられていなかったのだから。

 このオカルティックな話でしか持ち上げられない影陰火焔山には、一人の少女が一人で住んでいる。
しかしこれは、決してこれはオカルティックな話ではなく、事実である。
にわかには信じ難い話だろうが、この影の山には間違いなく一人の少女が住んでいるのだ。
しかし、俗にはやはり、オカルティックな存在としてしか、取り上げられていない。

 有名な電子掲示板サイトのオカルト板でもまれに話題となり、その少女に実際に出会い、どうぞともてなされた人が数名だけ存在している。
その人達は、意見一致で饗されたベトナム料理のフォーがとても美味しかったと言う。
だがしかし、その少女の他に、三体の謎の黒いもや がお供していたとも言う。
二体は竹槍を、一体はくわ を持ち、その少女を守護するかの様にたたず んでいた。
…そう、それが影の山オカルト話の最大の標的であり、神秘であり、恐怖でもあるのだ。
少女に関しては、遭遇そうぐう者によると名前は「水越みずこし みなみ 」と言うらしい。
見た目年齢は小学生後期ほどで、ノンラーを被った長髪ちょうはつ の少女である。
初対面なのに躊躇ちゅうちょ する事もなく、平然と接してくれたという。
饗しの料理を食べ終えると、泊まることは出来ないが、
「のんびりしていってくださいね。」
と告げるそうだ。
しかし、黒いもやが何かと不気味で、下手へた なことは出来ない。
その少女に手を出すなんてもっぱらである。下手したら黒い靄に殺されかねない。
やはり黒い靄に関しては、何なのかがわからない恐怖でしかない。
冷静に考えれば、この少女も異端いたん ではあるが、言葉で言い表せない恐怖をこの黒い靄からは感じるという。
…一体、この黒い靄は何なのか?という議論が今もまたされているだろう。
そう、全てはオカルトでもなんでもない影の山の事実なのにね。


■前書 -Shadows-

 ぞくでは黒いもやとしかうたわれない「影達えいたつ」と呼ばれる生命体は、この世界ではほとん火焔かえん村にしか生息していない。
ここで言う俗とは、後にも説明が入るが「火焔村を除いた影の山以外の場所全般」を示す。
火焔村を影達がどう呼ぶのかは、作中から見抜いてほしい。
火焔村は古くから太陽と ほのお を信仰し、太陽と焔が有る場所には必ず影が 宿 やど るとされ、その影とも、古くから共に生
活してきた。
そして、その影にあたるのが、この影達えいたつ である。
これらは「火焔信仰かえんしんこう」と呼ばれ、今ではそこに「烏賊いか 」も信仰対象に加わっている。
それらの伝説に関しては、蛸槍たこやり戦争(後日公開)を参照さんしょう していただきたい。
影達 えいたつ の多く住まう火焔村の中にある山は、火焔村の人々は前記の通り「影の山」と呼び、古くから大切にされてい
る。
その影達は、この影の山に3つほどの里をきず いていたが、今では一つに統合されている。
その里に関しても、作中で自然と説明されると思われる ため 、ここでは「 影達 えいたつ 」について説明させて頂く。

 影達とは、ぞくに知られる事の無い、火焔村の超自然的生命体…のようなものの総称である。
影のように黒いが、普通に触れることは可能である。しかし影なので、ほんのり冷たい。
主に浮遊ふゆう する種類(ウキカゲ)が大半だが、二足歩行する種類(カゲビト)も存在する。
他にも種類は多数であるが、今の所知っておくのはこの二種類だけで十分である。
本作では「影竹かげたけ」と「槍影やりかげ」がウキカゲであり、「影鍬かげくわ 」がカゲビトである。
カゲビトは主に農業に特化しており、九割が他の影達の為に農業をいとな んでいる。
知っておくと便利だが、影達えいたつの数え方は「一影いちえい二影にえい三影さんえい …」という感じに数えていく。
…この三影は、水越南に服従ふくじゅうしており、毎日のように手伝いや守護しゅご をしている。
それ以外にも、南は影の山に住まう影達全般に好かれており、退屈たいくつすることはほとん ど無いそうだ。
もしかしたら、「北の超空間ちょうくうかん」のように「南の影之山かげのやま」と言っても過言かごん ではないのかもしれない。
…それはさておき。影達えいたつ は影から生まれるとされる、超自然的生命体のようなものである。
影を食べるという説もあるが、影達は至って普通の、ヒトと同じものを食べている。
一日の行動はほとん ど、ヒトと同じであるが、ウキカゲに限り入浴等はあまり必要としていない。
その為、ウキカゲの家屋には風呂場はない。汚れた時は風呂屋に行くのが常識である。
対してカゲビトこそ、ヒトの農民と一日の行動がほぼ同じである。
デジタルな要素に頼らず、アナログに生きる影達の様子は、作中で所々見られるだろう。
これらは少しかじ った程度の情報ではあるが、様々なことを作中から見出してほしい。
それでは本編、 まい ります。


■本編 第一話

 「影竹かげたけ影鍬かげくわ、おはよう!」(南)
今日も影の山の深みにこっそりたたず水越家みずこしけに、朝の挨拶が綺麗きれいな空気にひび き渡る。
そして、この少女こそが例の「水越 南」本人である。
「おはよー」(影竹)
「おはようであります!」(影鍬)
ぞくに黒いもやうたわれた影の山の住人、影達えいたつ の挨拶も、山の新鮮な空気に響き渡る。
そんな中、影竹かげたけの姉にあたる槍影やりかげ はぐっすりと夢の中だった!
「…にゃはは…おめ〜らがいってこ〜い…(寝言)」(槍影)
「は相変わらずかあ…」(南)
槍影はいつもこんな様子である。
「姉ちゃんの本質丸見えだあ…でも起こすと機嫌悪いんだよね」(影竹)
こういう時は下手へた に手を出さず、寝かしておくのが吉である。
「今日は…壬辰年文月乙土じんしんねんふづきおつど。おおよそ食時しょくじ ぐらいかな?」(影鍬)
「…はあ。だから私は影達の時間感覚じゃ伝わらないって何度言ったら…」(南)
「ごめんごめん。今日は2012年7月14日、おおよそ8時ぐらいだね。」(影鍬)
「影鍬ったら、南も一応人間の子なんだから。ちゃんと俗界ぞっかい の表現にしてあげなきゃ駄目だよ!毎回」(影竹)
影達は影の山を含む影の住まう地を影界えいかい、火焔村を除いたそれ以外の地域を俗界ぞっかい と呼ぶ。
「一応って…」(南)
ちょっと失礼なんじゃないかという表情でつぶや く。
「…んまあ、とりあえず。一日もスタートする事だしね!」(南)
「…ハッ!…飯かぁ!?飯だなぁ…!!?」(槍影)
飯に過剰かじょう 反応するかのように、槍影がとっさに起き上がった。
良く寝るし、食べ物には敏感びんかんだが、三影さんえい の中では一番南を守る決心が強いのである。
「ね…姉ちゃん…」(影竹)
だがやはり、こうもなれば、流石さすがに弟もあき れる。
…だがしかし、飯ではない。
「なんだぁ…飯じゃないのか」(槍影)
「まだ作ってすらいないよ…」(南)
ありゃりゃ、槍影は気が早かったようだ。

 水越家は、一人で暮らすにはちょっと大きいぐらいだろうか。
しかし、そこに三影が加わる為、それなりにちょうどいい広さである。
人が住まうには十分な設備が整っており、影達の信頼の元、建てられた家屋かおく である。
主に自給自足であり、影鍬がリーダーとなって農業も営んでいる。
その関係上、南が火焔村に下りることは年に数回しか無い程であり、レアな光景である。
水越家の農地は野菜や稲が主であり、それ以外の果物や小麦類は他の影達から交換で貰っている。
だが、ここでは南の要望で稲を多く生産してもらっている。
ベトナム料理のフォーを得意としており、米粉の麺を作る際に使うからである。
多い時は朝昼晩全部フォーの日も珍しくない。
「最近フォーが多かったからね、今日はシンプルに行こうかな?」(南)
「必殺ー!卵かけ飯〜!!」(槍影)
無論、そんな日も有るのである。しかし、おかずはちゃんと付く。

 「いただきます!」(一同)
日本人なら誰もが言うだろう。そう、日本の心は影達にも宿っているのである。
「っさんしたー!」(槍影)
…早い、早すぎる。30秒も経っていない。
「もう、ちゃんと んで食べなきゃ…」(南)
「流し入れてたね」(影竹)
「っしゃー!買い出し行ってくる!」(槍影)
行動も早い。ごちそうさまから15秒も経っていない。
買い出しは主に槍影が担当しており、家屋かおくには必ず一影いちえい が残る分担となっている。
「ごちそうさまです。それじゃあ、農地の様子を見て参ります。」(影鍬)
影鍬は雰囲気がおっとりしている。だが、誰よりも農業に力を入れていると自身を持っている。
そして、水越家には南と影竹だけが残った。
「ごちそうさまー!」(南と影竹)
この後は、のんびりと過ごすのが定番である。
しかし、この山の中にある家屋かおくには、ぞく では一般的なデジタルものは存在しない。
電気はなんとかあるが、テレビやパソコンなどというものは無く、影達えいたつ との交流や遊びで過ごすことが多い。
一応、火風水ひふみ新聞が影達の配達によって届く為、多少は俗界ぞっかい の情報は得られる。
しかし、火風水新聞の名前の通り、多いのは火焔かえん村や隣接する水瀧町みなたきまち風詠町かざよみまち の情報である。
これらの3つの町村ちょうそんの繋がりは、これまた隣接する彩參さいざん市への合併がっぺい に猛反対している事もある。
その理由はぞく には知られないが、火焔村は村の住民総勢となって反対するのは事実だろう。
その奥底には火焔信仰が絡んでくるのかもしれない。
後は、火焔村の鉄鋼業は、これらの二つの町の協力が大きいのである。

「竹槍の稽古けいこ でもしよっか」(南)
竹槍姉弟たけやりしまいと呼ばれる槍影やりかげ影竹かげたけ は、無論竹槍を扱う。
その竹槍で南を御守おまもり する事が、初めて出会った時からの使命である。
竹槍姉弟が何故、南に決めたのかは「何かを感じた」からという、不明瞭ふめいりょう な理由。
影達えいたつ には、そういう点の謎が多いのである。
生まれつきの役割はどう決められているのか、名前や性格も同じくである。
「…でも姉ちゃん居ないよ…?」(影竹)
「水をあやつ って稽古に応用できないかなって」(南)
「ほへえ…」(影竹)
南は二次顕界にじげんかい の日本では珍しくない能力者の一人である。
水を操る能力を持っており、水をそのまま操る事も、水の温度も操ることが可能である。
応用して氷も操れる可能性が存在しているが、まだ本人もわかっていない。(無論、油は操れない)
普段は影竹と槍影の二影で稽古をするが、今日からは南も参戦するようである。
「水を操ってどうするつもりだったの?」(影竹)
「ほら、水のかたまり を宙に浮かせて、それを竹槍で狙いよく…こう、グサッと」(南)
「ほえぇ…なら姉ちゃんとしてたほうがマシかな…」(影竹)
 「えー…」(南)
否定気味である。深い意味は無いのだろうが…。
「フハハハハ!!」(???)
「えっ何!?」(南)
「…呼んだかい…?」(槍影)
「姉ちゃんおかえり!」(影竹)
槍影は心が遊びすぎているのである。だが、南を守る精神だけは誰よりも強いのは確かである。
稽古けいこ …しよ?」(槍影)
(槍影…一気にキャラ変わりすぎ!)
南は意外と振り回されているが、内心楽しんでいる模様。
「うん!」(影竹)
これがまた可愛いのである。
「ただいまー!」(影鍬)
「おかえりー」(南・竹槍姉妹)
ちょっと忘れかけていたが、影鍬も無事戻ってきた。…無事じゃないのだが。
「いやぁ、やられたもんだ。トリカゲにちょいとやられてたよ」(影鍬)
最近影の山に突然現れた、トリカゲと呼ばれる鳥のような見た目をした影達の一種である。
主に穀物こくもつ を食べる為、畑が最近荒らされる事で問題となっている。
「…はあ、まさかの新種がここにも来ちゃったかあ」(南)
「美味しいのかな、トリカゲって」(槍影)
「食べるんかい!」(南)
「何でも食べようとしちゃ駄目だよ…」(影竹)
だが槍影はいつも味わって食べない。いけない影である。

 稽古の始まり。南は竹槍姉妹が稽古中、それをながめて過ごすのである。
時に影鍬との会話もありき、影竹のうっかりや、槍影のぶっ飛んだ行動も楽しいものである。
しかし、影竹は手加減をまだ知らず、ついやり過ぎる事も。
「んっ…ダメージッ!!」(槍影)
「あ…ごめんね姉ちゃん…」(影竹)
「弟よ…気にしたら負けだ。私が勝っちまうぜ…?」(槍影)
弟をきた えるためならば、ダメージは気にしない。
そして今までの特徴を見返すと、槍影は個性的過ぎるのが伺えるだろう。
「だいじょうぶかー!」(影鍬)
「もうまんたーい!」(槍影)
「本当の気持ちは!」(南)
「かなり痛ーい!」(槍影)
このままでは南にまで感染してしまいそうだが、其処そこ は問題ないのでご心配なく。
「手当はちゃんとしないと…」(南)
「…そうだな」(槍影)
あくまで稽古なのだから、竹槍サイズの棒を使用するべきだが、本物を使う方針は竹槍姉妹が決めた事である。
「今日の稽古は早速中止でーす!」(影鍬)
そんな日もあるのである。
丁寧に消毒し、黒包帯を巻く。影達も生き物であり、消毒は欠かせないのである。
「…これでいいかな」(南)
手当を終えると、槍影からはいつものような勢いは感じられず、弱々しくなっている。
「すまないな、南…。…もし、私が死んだら近くの桜の木の下に埋めてくれよ…」(槍影)
「なんて大袈裟おおげさ なあ!」(南)
「うん、わかった…」(影竹)
(えー…)
しかし、槍影の弱々しさのこれも演技である。
心配をかけさせたくないという気持ちが強いのかもしれない。
もしや、いつもそれをキャラでごまかしている可能性だって否めない。
…だが今回のこれは、逆に心配かけさせているのは言うまでもない。

 そして、なんだかんだで夜が来る。
「槍影、どう?」(南)
「…」(槍影)
槍影は何故か反応がない。
南はほんのわず かに、悲しそうな表情を浮かべる。
「さて…。皆、ご飯にしよっか!」(南)
「…」(槍影)
(…あれ)
今回ばかりは徹底てってい している。どう見ても逆に心配をかけさせている。
「姉ちゃん大丈夫かな…」(影竹)
「どうせまた演技でしょうに。気にすることはないとおもうねえ」(影鍬)
影鍬だけは見る目が違った。経験の差とでも云うべきか。
影鍬は言わずもがなこの面子めんつの中では最年長であり、40年以上は生きているベテラン影達えいたつ である。
影達に寿命という概念がいねんはない。年齢という概念も勿論もちろん 無く、100年以上はとうに生きるとされる。
その為、人間と共存する影達はほとん ど、悲しいことに影達だけが最後に残されてしまうのである。
しかし、影達には「人間を地中に引きずり込む」という行動を取る事があり、死者に対して行う場合、影葬えいそう とされる。
そして、火焔信仰者は皆「 影葬 えいそう の先に待っているものは 影界 えいかい 」と信じているぐらいであり、恐ろしいほどに影達との
関係が深いことがうかがえる。
ここでの影界は、影達の住まう別の世界であり「影の山」だけを指すものではないとされる。
「姉ちゃん、ほんとに大丈夫…?」(影竹)
「…もう…まんたい…//」(槍影)
何故照れる。どうやら、演技をしている内に眠っていただけの模様。
しかし、飯に反応しない徹底ぶりには少々驚く。
「…おめえらぁ〜…五寸釘ごすんくぎ の刑だぁ〜…//」(槍影)
「姉ちゃんなんか怖いよ…」(影竹)
寝てても何かが可笑しいのが槍影である。

 安定のフォーが出来ました。
「いただ…槍影〜!」(南)
「…ふああ…ん?」(槍影)
とぼけ過ぎである。あまりにも珍しい光景でみな 驚く。
 「おっ、フォーじゃん!いただきます!」(槍影)
「い…いただきます」(南・竹槍姉妹)
切り替えが早すぎてついていけない事もしばしば。今回は仕方ない。
「いやあ、すまんね。寝ちゃってたわあ…!」(槍影)
「生きてるだけで安心だよ」(南)
「埋めてもらっても構わなかったのにねえ」(槍影)
「えー…」(南)
「姉ちゃん、南困ってるよ…今日はどしたの?」(影竹)
「…」(槍影)
何故か黙りこむ槍影。
「…ちょいと考えが過ぎて、度も過ぎたようだな。今日は申し訳ない。」(槍影)
「いいよいいよ…ちょっと可笑しいけど、それが槍影の個性なんだから」(南)
「僕もそんな姉ちゃんが…一番かな。つまらないのが一番嫌だもん」(影竹)
「あれ…今日のフォー、なんか一段と美味しくないか…?」(影鍬)
「空気を読め!」(南・竹槍姉妹)
空気を読む以前に、影鍬はよく空気になる。そしてかなりのマイペースである。
「ありがとな、皆」(槍影)
と、珍しく味わってフォーを食べる槍影であった。

 「ごちそうさまでした!」(一同)
「んじゃ私が食器洗っとくから、風呂 かし頼んだ!」(槍影)
「おっけい!」(南)
水越家はウキカゲであろうと、毎日の風呂を かすことがない。
風呂沸かしの作業は南の能力ですぐに終わる。そういう点で意外と便利な能力である。
「槍影、今日は入る?」(南)
「いや、いい。しばら くは入れなさそうだ」(槍影)
「まあ、ウキカゲだから問題なさそうだね。お大事に」(南)
槍影は怪我の事もあり、念のために無しである。
「じゃあ、僕と影竹で入ってきますね」(影鍬)
「りょうかい!」(南)
まるで子供とお父さんの様である。
その後、南もひと通り洗い、ゆっくりと湯船ゆぶね に浸かった。
槍影も早く治る事を祈り誰よりも早く就寝しゅうしん
そして、南達もそれを追うように、ぐっすりと眠るのであった。

 静けさをまとった夜の山。その静けさには皆の寝息がひびく。
風の音もかすかかに響き、暗い中に月夜つきよ の光が差し込む。
それはとても自然を感じ、なにかなつかしく、ぞく には恋しいものである。
…そんな日常が、水越家では り広げられているのである。
俗には知られる事のない、そんな水越家のちょっと不思議な日々が、また明日も待っている。

− つづく −


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