彩參の国 第一作目
番外短編
「南と槍影とカップ焼きそば」
――これは水越家のとある日の、南と怠惰
に満ちた槍影の物語である。
「うお〜い南〜、カップ焼きそばが食いたいぞ〜… …作って」(槍影)
声も様子も、どこからなにをどう見聞きしてもやる気が感じられない。
しかし、これが普段の槍影の様子とと全く変わりない様であるのも事実だ。
「いやいや、お湯沸かして3分待つくらい自分でできるでしょ…」(南)
「腹が減って動けない… …作っ…て…」(槍影)
これでもご飯は2時間前に食べたばかりである、動けないわけがない。
南「いやいや、死にそうみたいに言わないでよー…もー」(南)
しかし、なんだかんだ作ってあげるのである。
「出来るまで死なないでねー」(南)
槍影の返事はない。
もちろん、死んでいるわけではない。
いつものように、槍影お得意の演技をしているだけだろう。
南は水の分量をキッチリと計り、ほんの少しだけ多めに鍋に入れる。
鍋を使うのも、水越家にはポットという便利なものが無いからである。
これでは槍影を3分以上待たせなければならないことになるが、まあ仕方ない。
コンロには、強すぎず弱すぎずの絶妙な火加減をキープしてもらう。
そして鍋を置くのだ。これで数分後には水達は沸騰
に至るだろう。
南の能力で水の温度調節など容易
い事だろうが、あえて鍋で沸かす。
これにはきっと槍影への
戒
めの気持ちが込められているのだろう。
――そして、水はお湯に。お湯は熱湯に――。
お湯が沸くまでの間に、カップ焼きそばのソース類は外に出してある。
つまり後は、この出来たての熱湯を麺に
滝行
の
如
く注ぐだけである。
――さぞかし熱かろう。3分の辛抱だ。耐えるが良い。
線ピッタリに入った熱湯を隠すように、カップ焼きそばの蓋を閉める。
そして、音が聞こえないようにタイマーを3分にセットし、スタートさせた。
「南〜、出来たか〜…?」(槍影)
南にはきっとこの声は聞こえていないだろう。
否
、聞こえていても、きっと聞こえないふりをしているだろう。
待っていると3分という時間は思っている以上に長い。
その間、することのない南は外を眺めながら過ごすことにした。
そして空気は沈黙し、自然の奏でる音だけが残った。
風の音や、鳥のさえずり。木々の揺れる音、槍影の聞こえない声。
様々な音が聞こえてくること3分間、ついにタイマーは音
を上げた。
麺も槍影もタイマーもリタイア。南と熱湯の大勝利である。
…しかし、油断してはならない。
南と熱湯の最後の対決が残っている。
しかし、熱湯の相手は水を操る能力者、水越南
。
彼女の手により、底なしの排水溝の奥へと消えて行った。
熱湯の完敗である。
熱湯を失った麺達は、熱さから逃れようと湯気を上げている。
そこに追い打ちをかけるように、少なく見える付属のソースをかける。
敗者をさらにソース責めするなど、まるで死体蹴りのようだ。
しかし、箸でかき混ぜられると、彼らは一体となり生まれ変わるのだ。
そしておまけに付属のスパイスや青のりを散らす。
そしてついに、ミイラが
蘇生
したかの如く、彼らはカップ焼きそばへと
変貌
したのだ!
――完成である。早速槍影の元へ持っていこう。
「槍影!出来たよー」(南)
しかしなんということでしょう。槍影の反応はありません。
もちろん、死んだわけではない。
「ぐう…ぐう…」(槍影)
そう、これは寝ているのだ。同時に腹も鳴っている。
目覚めたらさぞかし大変な事だろう。
「あちゃー…起こすのも可哀想だし、勿体無いから食べようかな」(南)
せっかく作ってあげた焼きそばを食べられない槍影を憐
れむと同時に、
かの沈黙で気づいた自身の空腹を満たすかのように食べ始める。
「…槍影ごめんね。いただきます…」(南)
――そう。神秘の転生劇を繰り広げた、このなんでもないカップ焼きそばを。
− おわり −
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